新美南吉の「張紅倫」という短編小説を読んだら日露戦争で兵士が井戸の底に落ちる話で、あ、これは「ねじまき鳥クロニクル」と同じと思った。よく知らない土地で井戸に落ちるというのは、井戸が現役だった時代の小説ではめずらしくないシチュエーションだったのかもしれない。いまだと貞子だけだけど。
ストーリーと見どころとはちがうと思う。そのむかし淀川長治は「スターウォーズ」の試写会で、戦闘シーンでは眠っていて人物同士の会話になるとはっと目を覚ましたという。氏は「スターウォーズ」のストーリーだけを見ていたのだ。ミュージカルにとっての歌と踊りのシーンも、恋愛ものにとっての抱擁シーンも、活劇にとってのアクションシーンと同様にストーリーに属さない。この作品の見どころはなんですか?と作者にたずねるのはナンセンスかもしれないけど見どころを上手に言葉で説明するのも難しいと思う(ストーリーと関係ない部分だから)。
タワレコの洋書売り場で新刊として並んでいるペンギンブックスの一冊に目がとまった。近寄ったらラブクラフトの短編集だった。クトゥルフ。この表紙は卑猥だと思った。イラストを描いたトラヴィス・ルイという画家のウェブサイト(
link)
Flickr

京都に住む夫婦に一人の子どもがうまれる一日の様子を描いたいしいしんじ「ある一日」を読んだ。視点は自由に移り変わり、光と波・植物と魚がいたるところにあらわれて、まるで幻想文学、マジックリアリズムみたいな小説だった。
読むきっかけになった書評(
link)
「幸福な家庭はみな似ているが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」(トルストイ)。でも十代の若者は逆で、幸福な十代はそれぞれに幸福だけど不幸な十代はみなよく似ている。−−というような文があった。満たされないティーンエイジャーを描いた映画や小説はたしかに世界共通という感じがする。時代さえ超えて普遍的な気がする。青春ものの類型的なところってハードボイルドものに似ていると思う。
link